2024/11/13

「久延彦便り Q&A」(2)

Q.
 来年は戦後80年になりますが、先の大戦は「大東亜戦争」と呼称されていたと聞きました。それなのに、戦後になって「太平洋戦争」と呼ばれるようになったのはなぜですか?

A.
 まず、「大東亜戦争」という呼称が「太平洋戦争」に置き換えられるようになった経緯について記しておきます。

 1945年12月15日にGHQ(連合国最高司令官総司令部)は日本政府に宛てた覚書、いわゆる「神道指令」により、「大東亜戦争」という用語の公文書での使用を禁止しました。そして、その代わりとして「太平洋戦争」という名称の使用を強制したのです。そして、GHQの占領支配が終わった後も、政治の世界のみならず、言論界と教育界も含めて、「大東亜戦争」という呼称は一切使われることはなく、今日に至っているのです。

 ここでは二つの問題を指摘しておかなければなりません。一つは、GHQがなぜ、「大東亜戦争」という呼称の使用を禁止し、「太平洋戦争」という言葉を強制したのか、ということであり、もう一つは、日本政府ならびに日本国民は占領統治が終わった後にも、なぜ今日まで「大東亜戦争」という呼称を使用なかったのか、ということです。

 この謎を解く鍵は、「大東亜戦争」という呼称が一体何を意味していたのか、その真意を知ることにあります。GHQは連合国の立場を正当化するために、「大東亜戦争」という呼称の真意を隠蔽(いんぺい)しようとしました。その一方で、日本国民はGHQの洗脳教育により「大東亜戦争」の真意を知ることが許されず、さらに今日まで「大東亜戦争」の真意を知ろうとさえしてこなかったのです。

 では、「大東亜戦争」という呼称に込められた真意とはどのようなものだったのでしょうか。日本が米英に宣戦布告した二日後、大本営政府連絡会議は「支那事変をも含めて大東亜戦争と呼称す」と決定し、さらに二日後の1941年12月12日には「今次の対米英戦争及び今後情勢の推移に伴い生起することあるべき戦争は支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す」と閣議決定されました。つまり、日本政府の立場からは「大東亜戦争」という呼称が唯一公式なものなのです。

 さらに、内閣情報局も同日(12月12日)、「大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とすることを意味するものにして、戦争地域を主として大東亜のみに限定する意味にあらず」と発表し、戦争目的はアジア諸国における欧米の植民地支配の打倒を目指すものであると規定しているのです。

 つまり、「大東亜戦争」という呼称は、戦争の目的を明確に示すものであったのです。それは、アジア諸国における欧米の植民地支配を終わらせることでした。そして、そのことはアジア諸国と共にこの地域に一大共栄圏を構築することを意味しており、それが日本にとっての自存自衛の道でもあったのです。

 では、このような戦争の目的を、どうしてGHQは隠しておきたかったのでしょうか。それは、この戦争目的があの時代においては正当なものであったからです。大東亜戦争の本質が、「大東亜の白人支配からの解放」であるとすれば、この戦争を不義の戦争として断罪し、制裁する根拠はどこにもないのです。そのことを十分に分かっていたGHQは「大東亜戦争」という呼称を禁止することで、あくまでもこの戦争は日独伊のファシズム国家が欧米の民主主義に対して戦いを挑み、世界秩序を混乱させようとした侵略戦争であると周知徹底させ、とにかく日本を悪者に仕立て上げたかったのです。

 ですから、戦後80年を迎えるにおいて、私たちが先の大戦について正しく理解するためには、まず「大東亜戦争」という当時の公式的な呼称を取り戻し、その戦争目的が何であったのかを知ることから始めなければならないのです。

 しかし、このように反論する人もいるでしょう。当時の戦争の呼称に込められた戦争目的を知ることは、ややもすれば戦争を肯定することにつながり、先の戦争の反省から出発した戦後の原点そのものを否定することになるのではないかという心配です。

 だからこそ、あえてすべての日本人に問いかけたいと思います。戦後80年、日本人は先の戦争についてその真実を求め、真摯に向き合ってきたのでしょうか。敗戦という負の歴史に蓋をして、思い返すことも、その真実を見極めようともせず、ただ忘れたようなふりをして歩んできたとすれば、それこそが日本人の怠慢であり、歴史に対する不誠実ではないのでしょうか。

 私たちは歴史の真実を知らなければなりません。その真実は当時の日本人がどのように世界を眺め、どのように感じていたのか、というありのままの真実です。現代の私たちから見れば、何と無謀な戦争であったのか、と思われるようなことであったとしても、私たちの先祖はその戦争に正義を見ていたのであり、自らの尊い生命を捧げるほどの価値を見出していたのです。戦後すぐに奪われてしまった「大東亜戦争」という言葉を取り戻し、歴史の真実を思い起こし、記憶することによってのみ、より良い日本の未来を築くことができるのではないでしょうか。