2025年8月27日水曜日

「久延彦便り Q&A」(14)

Q.
 統計学に基づけば、自然災害による死者数や戦争による死者数などは年々減少し、改善されているにもかかわらず、テロリズムの犠牲者は年々増加しています。特にテロは中東地域で増加傾向にあるそうですが、なぜ、テロリズムによる犠牲者だけは減らないのでしょうか。

A.
 テロリズムの定義について普遍的な合意はないのですが、米国では、テロリズムとは「準国家的集団または秘密の代理人による、非戦闘員を標的とし、事前に計画された政治的な動機を持つ暴力をいう」と定義されています。また、一般的には、テロリズムとは、政治的目的、宗教的またはイデオロギー的な変化を追求しようとして、特に民間人に対して、暴力またはその脅威を行使することです。

 ここではっきりと分かることは、テロリズムは国家による行為ではなく、主には政治的な動機によって行われる暴力行為であり、さらにその対象が民間人であるということです。そこで、はっきりとさせておきたいことがあるのですが、国家間による戦争の犠牲者は年々減少しているということです。つまり、国家による戦争行為、あるいは殺戮(さつりく)行為は減少傾向にあるということです。

 しかし、その一方でテロリズムによる犠牲者は増加していますが、それは何故なのでしょうか。その根本原因はどのようなものなのでしょうか。一般には貧困や差別、あるいは国家を持てていないことへの不満、さらには宗教的、または政治的信条に起因するものなどと考えられていますが、その本質は「憎悪」であると思います。よく言われる憎しみの連鎖こそがテロリズムの温床なのです。

 では、どのようにすればテロリズムを撲滅することかできるのか、それはその根っこにある憎しみの連鎖を断つこと以外にありません。しかし、この憎しみの連鎖に終止符を打つことができないのが、人間の罪深さであり、また弱さなのです。つまり、憎しみを終わらせるためには、「許すこと」、「忘れること」、さらに日本的表現で言えば、過去の事柄について「水に流すこと」しかないのです。

 憎しみが生み出すものとはどのようなものでしょうか、憎悪によって誰もが願う幸福と平和が訪れるのでしょうか。その答えが「否」であることは誰もが知っているはずなのに、なぜ、憎しみを断ち切ることができないのか、それは、憎しみを煽(あお)り、憎悪を植え付けようとする教育が行われているからです。

 例えば、中東においてテロリズムによる犠牲者が絶えないのどうしてなのか、それは、憎悪を煽るような教育ばかりがなされているからです。そして、世界がその憎悪に同情したり、憐憫(れんびん)の心を向けたりしているからです。今まさに継続しているイスラエルとパレスチナの紛争を見れば、その根本原因に憎悪があることは間違いありません。特に、パレスチナ人の間で行われている憎しみを煽るような教育は目を覆うばかりです。そして、このような憎悪を正当化したり、あるいはそのような心情に心を寄り添わせたりしているのが国際連合の事務総長なのですから、テロリズムを終わらせることなどできないわけです。

 では、いかにしてテロリズムを終わらせることができるのか、それは、憎しみの連鎖に終止符を打つべく、「愛と許し」という人間最高の美徳を教え、憎悪に打ち勝つように導くしかないのです。国際連合が真に平和を願うならば、テロリズムに対してこう宣言すべきなのです。「許しなさい、忘れなさい、そして愛し合いなさい」。偏狭(へんきょう)なテロリストを憎しみの罠から救い出し、憎悪の呪いから解放してあげなければならないのが、国際平和を希求する国際連合の使命ではないでしょうか。

 また、マスメディアの報道責任も大きいと思います。例えば、日本で安倍晋三元首相が暗殺された時のことを思い出して下さい。主要メディアやリベラル派を自認する知識人たちは、こぞって暗殺者の心情に寄り添おうとしました。まさにテロリストの憎悪を正当化し、その心情を容認していたのです。憎しみの連鎖を断ち切るという美しい言葉がいかに虚しく、偽善的なものであるのか、そのことを私たちは省みなければなりません。

 さらに、「愛と許し」という人間の美徳を教え諭し、誰もが持ち合わせているはずの美しい心を涵養(かんよう)することこそが、本来的には宗教に与えられた天命です。にもかかわらず、宗教的信念がテロリズムの原因となっているとすれば、これほどの悲劇はありません。宗教家は聖職者としての天命に立ち返り、天が願う使命に殉ずるべきなのです。

 そして、もう一つはテロリズムが国家なき集団によって引き起こされていることに留意し、法の支配に基づく国家を樹立させ、あるいはそのような国家体制の中に包摂(ほうせつ)することにより、テロリズムを阻止することです。その意味では、パレスチナ国家を承認することは、一つの解決策となるかもしれません。もちろん、パレスチナ国家の承認においては、いくつかの絶対必要条件がありますが、その方向に向かうことで、国家の責任において不法な暴力行為であるテロリズムを阻止することができるのではないでしょうか。